お侍様 小劇場 extra

    “夏がゆく” 〜寵猫抄より
 


縫いぐるみのように、
はたまた、よく出来たお人形さんのように、
それはそれは愛くるしい風貌をしちゃあいるけれど、
中身はやんちゃな坊やに違いなく。

 「…あ。これっ、久蔵っ!」
 「みゃっ!」

お待ちなさいと掛けられたお声をふっ切るように、
とたとたとた…と板の間へ小さな足音立てながら、
リビングを駆けてゆく小さな存在。
家人には小さな坊やに見えているけど、
サイドボードのガラス扉や、掃き出し窓には、
そりゃあ小さな、お手玉くらいのキャラメル色した綿毛玉が、
たったか駆けてる姿が映る。

 「久蔵っ。」
 「にゃぁあ。」

尻に火がつくとは正にこのことか。
振り向きもしないまま、
やなこったいとか、待てませんとか、
そんな調子を思わせるお声を返し。
戸口までを辿り着くと、
そのままちょろりと門口を曲がって、お廊下の外へ。
勢いよく飛び出していった影なれど。

 「……………にゃ?」

ほんの一拍も待たぬうち。
出てすぐにも方向転換をしたこと、ありありと悟らせる間合いにて。
その同じ門口から、小さな頭の端っこ、そろりと覗かせ、
恐る恐るに室内を伺うところが、
得も言われずの何とも子供っぽくて。
シチ、追っかけては来ないのかな?
こっち見てゆの?
その辺を見定めようとしてか、
よいちょとこっそり、背伸びをしている小さな背中へ、

 「何をしておる。」
 「みゃあっ☆」

後ろが油断しまくりだったのへ難無く近づき、
ひょいと掌の中へ掬い上げた勘兵衛が。
びっくりしているのをそのまんま、
リビングへと連れ戻してしまうので幕となるのも、
これまた日常茶飯になりつつある、
こちらの母と子のドタバタは、

 「して、今日は何をしやった。」
 「いえ、紙くず用のごみ箱を蹴倒しただけで、
  大したことはないのですが。」

ペーパーモップを掛けてた傍ら、
その先へとじゃれようとしたの、いけませんよといなした直後だったので。
ついのこととて“こら”という言いようが、
口を衝いて出たらしかったが。
わざとじゃないのは判っていたし、お顔はさして尖ってもない古女房。
それよりも、
大きな勘兵衛の手の中へ、
ボールのように丸々と収まっている小さな坊やの格好へ、
ついついくすすと吹き出している。
誂えた椅子ででもあるかのように、
幼児体型の丸ぁるい背中やお尻が、あまりにすっぽりと嵌まっていて。
自分でもそれが心地いいのか、それともそういう何か理屈でもあるものか。
ひくりとも もがくことのないままに、
抱えられたまんま、神妙なお顔でいる坊やなのが妙に笑えて。

“そうそうvv”

この体勢になっている時は、
小さな背中がくりんと丸まり、
その前にて四肢が1つにまとまっている、
仔猫の姿で見るのもまた可愛くて。
怒ってなんかなかったおっ母様とお顔を突き合わせ、
あれれぇ?なんて思うのか、
右へ左へ小さな頭を、かっくりこっくり傾げて見せる。

 それからそれから。

頬に後れ毛でも掠めてくすぐったかったか、
小さなお顔をふるるっと震わせ。
やはり小さなお口を縦長に精一杯開いての、

 「にぁあん。」

何かしら訴えてでもいるかのように、
すこしばかり長く鳴くのが、また。
これでも大きめに開いているらしきお口から、
ちらと覗く小粒な糸切り歯の先が、
あまりに小さく愛らしく……。

 「〜〜〜〜。//////」
 「判った、判った。」

はしたないとでも思うのか、
口許を手で覆って押さえ、
きゃああという 小娘のような萌え声上げるのを塞いだ その代わり。
例えば こたびはこちらのシャツのひじ辺り、
少しほど余ってた部分をぎゅうと掴んで来る七郎次へ。
そんなしたら久蔵を取り落としてしまうぞと、
困ったように苦笑を返す勘兵衛様だったりするのも、
これまた いつものことであり。


  相変わらずなようでございます、こちらのお宅も。(苦笑)





       ◇



 来月半ばと月末に出る雑誌への、秋からの連載と単発書き下ろしが何本か。それら第一陣を何とかやっつけた、島田せんせい。明日は月末に出る単行本への打ち合わせがあるそうだけれど、今日のところは一応 体が空いたので。昼下がりは家人とのんびりお過ごしの模様。まだまだ残暑は厳しくて、

 「にぃあんvv」

 小さな仔猫がこれもこの夏に覚えたアイスクリーム。お膝にちょこりと抱えられたまま、金のサジに少しずつ掬ってもらっては、せわしくぴちぴちと小さな舌で舐めており。スプーンを持てない代わりか、それを差し出してくれているおっ母様の手を、逃げやせぬのにしっかと捕まえているのが何とも可笑しくて。

 「あ〜あ〜、お口の回りカピカピになっちゃいますよ?」

 口の傍やら鼻の頭へと。あまりにはみ出したのを拭おうとする、七郎次の手さえ寄せつけない集中は大したものだが、

 「はい、これでストップ。」
 「みゃっ?」
 「久蔵に1個は多すぎます。」

 某菓子店謹製のプレミアムアイスとかいう小さなカップだが、それでも…仔猫さんが自分の頭を丸まる突っ込めそうなサイズは、確かに一遍に食べ切るには大きいだろう。だってのに、まだ残ってるよおと言いたいか、蓋が閉じられるのへ前足、もとえ、手を延べて、もっともっとと、みゃおみゃおと、しきりと鳴くのが愛らしく。

 『どうせ溶けておるのを舐めているのだ、腹をこわしはせぬのではないか?』

 あまりに切なげな声を出すのでと、見かねた勘兵衛が訊いたことがあったのだが、

 『ダメなんですって。』

 そこはさすがにおっ母様のほうがしっかり者か、頑として受けつけず。確かに冷たいものではありませんがと、勘兵衛の言い分を聞いたその上で、

 『猫と人では吸収出来る乳脂肪分も微妙に異なるらしくって。』

 仔猫へ人が呑む牛乳なんて飲ませたら、覿面お腹こわすそうですしね…と。一応はお勉強したらしい古女房。なのでアイスクリームもほどほどにした方がよかろうと言うのなら、理に適っているので…可哀想だがおやつも早じまい。キッチンから持って来ていたクーラーボックスへ仕舞われては、匂いも消えるせいだろか、それとも自分では開けられないからか。ふにゅんとお顔をしぼませつつも、おっ母様のお膝へ戻ってくると、よじよじ上ってお顔をぱふり。Tシャツ越しでも微妙に やあらかい、いい匂いのするお胸へと。自分の顔を伏せてしまうのがこのところの甘えよう。

 “以前は、勢い余ってかそれとも不満の現れか、
  このままこっちの腕へ甘咬みしてたんですけれどvv”

 お口の回りに居残った甘いの、小さな舌でぺろぺろと舐めて舐めて。お手々にもついてるの探して舐めて。そうやってって少しずつ薄れてくと、不思議なもので、素直に甘いのへバイバイ出来ると気がついた。七郎次もまた、日頃の構いつけから言えば、ベタベタになりますよとお手ふきで拭ってしまいそうなものが。このときばかりは、気が済むまで舐めさせといてくれるので。

 ―― さらさらしたシャツ越しの ふわふかな感触
    やさしい匂いのする温かい懐ろに頬を当てながら、

 毛づくろいに精を出す久蔵くんだったりするのである。そして、

  「……駄々を引っ込めるのも早くなりましたよねぇ。」

 小さな小さな仔猫は、そっちが真の姿ならもうとっくに、大人になりかけとまで育ってるはずなのに。家人にだけそう見えている、“人間の和子”としての成長速度で育っているらしく。

 ―― それでも あのね?

 こちらの彼らと出会ってからを数えても、もう1年目になろうかという頃合いを迎えるからか。あちこちで微妙に“育ったねぇ”と思わせるところ、ちらりほらりと覗かせてもくれていて。

 「このところ、駆けるのも早ようなったようだの。」

 肘だの膝だのという途中の関節が果たして要りようなんだろうかと、そう思わされてしょうがないほどに、まだまだ寸の詰まって短い四肢と頭身をしており。手足をばたつかせるような駆けようは変わらぬものの、随分な距離を駆け続けるようになっており。仔猫の姿で見ていても、その身自体の動かしようは、なめらかなそれへと変わりつつある。

 「安定はまだ少々危ないので、
  勢いをつけて転ばないようにという、一気呵成にしか見えぬのですが。」

 立ち止まろうとする動作への移行が、やはりお下手なようなので。何かにぶつからないと止まり切れないような趣きさえあって。なので、先程のように唐突に駆け出すと、“こら逃げるか”という意味よりも、あああ転ばないでと思う案じの方が、ついつい強く出る七郎次なのであり。

 「こちらを伺いながら駆けられるなんて、
  思えば高度なことが出来るようになったものですよね。」

 それだけ、足元が自在に動かせている証拠。言葉が出ない子ではあるが、その代わりとして十分に役を果たしている“物まね”やジェスチャー、レパートリが随分と増えて来た。そうやって何かを伝えようとすること自体、たいそうな進歩成長で なくないか?

 「そのうち、筆談とか出来るようになるかもしれませんね。」

 口の回りのお次は手だと、小さな手の甲や指先、お顔に近づけ唇に擦り付け始める坊やなの、間近に見下ろし“うふふvv”と微笑った古女房の、

 「………。」

 見慣れていたはずなのに、何とも言えない甘さを含んだ暖かな笑みへ。こちらの表情を吸われて失いかかるほど、ぐいと気持ちを引っ張られかけた島田先生。? どしました?という視線が勘よく飛んでくる前に、

 「先だっても、話せぬばかりに大騒ぎをしたものな。」

 味な眸をして意味深なこと、先んじて言ってやれば、

 「あ、や…えっと。//////」

 七郎次の側が たちまち、込み上げた何かへと戸惑ってだろ、言い淀んでしまったのは。ほんの数日前に、自分が家人らへ心配かけた一幕があり、その折の何やかや、胸へ一気に去来したからに違いない。

 『……あ。』

 庭先に出て日課の草むしりをしていた七郎次。暑いのはかなわぬか、付き合って外へ出るのは勘弁と。リビングの縁、板張りの床へへちょりとうつ伏せて、窓ガラスに映る小さな尻尾をゆらゆらさせつつ、こちらを眺めていた坊やへと。何かあってはならぬという用心、時折向けていた視線が…不意にぐらんと大きく揺れた。さあと顔や頭から血の気が引くような感覚がし、そのくせ体内は のぼせたみたいにやたらと熱い。不意に喉が渇いて来、立っていられず膝をつく。そんな様子へ不審を覚えたか、

 『…みゃ? みゃぁあああっっ!!』

 久蔵の鳴き声が近くなったり遠くなったりし、あれあれ? どっちにいるんだっけ? 自分の体の向きが判らない。片っぽの頬や肩が暑いし重いのは、もしかして…立ってられないそのまま、芝の上へ倒れ込んだのかしら。しまった、帽子くらいはかぶるんだったなぁ……


 「久蔵がそりゃあ凄まじい勢いで鳴き続けておったので気づけたが。」
 「はい…。///////」

 ついうっかりと、陽だまりに長く居すぎての日射病。目眩いがして倒れてしまった七郎次だったのが、ほんの数日前のこと。実はもともと暑さには強いほうじゃあない体質なので、毎年何かしらの形で体を壊しており。冷房をかけ過ぎて夏風邪を拾ったり、うっかりと水分を取らなかったための脱水症状を起こしてしまい、数日ほど床から頭が上がらなくなってしまったり。あまりに例年のことなので、勘兵衛にも思い当たりが出来てのさほどには慌てなくなったほど。

 「今年は随分と頑丈さに磨きがかかったと思ってたのですが。」
 「体力があってもこれには効かぬと、医師殿からも言われておろうが。」

 岩礁へと打ち上げられた海の天女のように、くったりと昏倒していた姿にはギョッとしたものの。触った金の髪が日盛りに駐車していた車のボンネット並みに熱かったので。ああこれはと、すぐに合点もいった、落ち着くことも出来た勘兵衛はともかくとして、

 「久蔵が必死で引きずって来た電話の子機を、見せてやりたかったものだ。」
 「はい……。///////」

 お医者せんせえよばないの? 前にもシチ、こんななったでしょ? そうと言いたげな必死さで、テーブルへ懸命によじ登って持ってきた子機を前に、勘兵衛へしきりとにゃあにゃあ鳴いて見せたやさしい子。猫の姿の自分と変わらぬ大きさの子機は、随分と重たかっただろうにね。お手々も実は指がまだまだ自在に動かないから、掴みにくくて大変だっただろうにね。七郎次にもそれは容易く想像が出来るのだろう、きゅううんと衝かれたらしき胸元を、白い手の先で押さえたものの、

 「……でも、アンブロシアのアイスは一度に1/3までですからね。」
 「にあ?」

 毛づくろい途中のキュウゾウの、顎の下へもぐり込んで来た白い指。それがくしゅくしゅと仔猫の首元をくすぐったのは、はっきり言って照れ隠しだろう。それへとあっさりじゃらされて、小さな仔猫が“にゃぁん・にゃあぁんvv”と楽しげに身をよじる態、向かい合ったまま、幸せそうな面持ちでのほのほと見下ろしていた主従二人ではあったれど。

 “………でも。”

 熱に浮かされて覚えてないだけなのかなぁ。微妙に記憶が食い違うところが1つだけあって、そこがどうにも飲み込めぬ七郎次おっ母様であったりし。庇があるポーチのすぐ外という、正に陽盛りにいたはずで、そこで倒れた彼だったはずなのに。

 『七郎次? しっかりせよ。シチっ?』

 勘兵衛が言うには、上半身をリビングへ倒れ込ませる格好になって、掃き出し窓の際で上がり掛けて倒れたような案配でいたそうで。ほんの数歩あるかないかという距離ではあるが、倒れたときに間違いなく生ぬるい芝の感触を頬に感じたのにな。そういや、誰かが背中側から脇へと腕を回して、ぐいと抱え上げてくれたような気もしたのにな。早よう日陰へとの処置を取ってくれたのへ、勘兵衛様、駆けつけるの早いなぁなんて、ぼんやり思ってたのは。ただの錯覚だったのかしらねぇ…。






 ■ おまけ ■


 「よしか?
  お主に何かあると困るのは、もはや儂一人ではなくなっておるのだ。」
 「はい。」
 「もうそろそろ、無茶の利く若いのでもなくなっておろうし。」
 「………何か仰有いましたか?」
 「…いやいや。」

 ついつい口がすべってしまったらしき勘兵衛だったのへ、内心で“そうまで焦らずとも”という苦笑をこぼした七郎次だったが、

 「そういや、あれって勘兵衛様ですか?」
 「何がだ。」
 「時々 例のアレ、こっそり退治して下さってるの。」

 気遣いつながりで思い出したらしい七郎次の言いようへ、だがだが勘兵衛は覚えがないか。精悍なお顔を怪訝そうに“???”と顰めるばかりであり。

 「晩のうちに成敗して下さってるのか、
  真っ二つにされた残骸が、庭の溝なんぞで見つかっておりますので。」

 そうまで説明されると、さすがに何の話かは判ったものの。そんな仕置きの覚えまでは、やはりなかったらしき御主であり。それよりもと聞き流せなかったらしいのが、
「…真っ二つにか?」
 あんな素早くて、しかもぐにぐにと柔らかくて薄いもの、真っ二つに切るのは難しいことだぞ…って 如何した?

 「そんな具体的に説明なさらないで下さいまし。」

 鳥肌が立ってしまいました、ほら。
 にゃ?
 ああこれ、舐めたらくすぐったいですって、久蔵。

 たまらずに“あははvv”と笑ったおっ母様だったが、先程倒れたおりの助けといい、謎のゴキブリバスターといい、一体 誰の手になるお仕事なのやら。ねえ、Y様?
(くすすvv)




  〜キリがないので、この辺で どっとはらい〜  09.08.22.


  *ゆく夏を惜しんでなんてな言いようがありますが、
   来た途端に立秋だった場合はどうなるのでしょうかねぇ。
   その立秋を過ぎた辺りから、虫の声も聞こえだし、
   朝晩は涼しくなって参りましたね。
   でも、昼間の暑さは変わらないので、
   その落差がまた堪えるのでございますが。
(う〜ん)

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